くぼゆみ の 新生活日記

50歳の節目を迎え、自分の気持ちに素直に生きて行きたいという思いからはじめた女子として生きる生活の日々をブログに綴っています。

今の私について

こんにちは、くぼゆみ です。

猛暑が去り、ようやく秋らしく
なってきましたね。
この季節は、過ごしやすく、
お洒落してお出かけするのに
一番良い季節です(^-^)
今年は新型コロナウイルス
影響で、これまでの様に
自由に外出を楽しむ事が
出来ないのが残念です(u_u)

さて、今回の話題ですが
今の私の心境について
お話してみようと思います。
ちょっといつもと異なる話題なので
つまらないかも。
先におことわりしておきます。
自撮り写真はありません。
ごめんなさいm(_ _)m

早いもので、このブログをはじめて、
2年が経ちました。
これまで、いろいろな体験や経験
をしてきました。
そして、今も、日々いろいろな
新しい経験をして過ごしています。

わたしが、今のこの生活に
至るまでの最初のきっかけは、
残りの人生時間を意識した事でした。
ここには、書けないけど、
50歳になる前の数年間は、
これまでの人生の中で一番の
波乱の日々を過ごしました。
自分の事は、我慢して過ごす。
そんな生活を送る日々。
そして、ようやく その我慢が実り、
ひとつの大きな節目を迎える事が
できた時です、

わたしは、これからの時間を
自分のために使いたいと、そう考えました。
これまで、やれなかった事、
思い残している事は
何だろう?と考えてみた時、
私の頭の中に浮かんだのは、
20代の頃に出会ったニューハーフ
の方とのでき事でした。
話は、20年以上前まで遡ります。

その方とお会いしたのは
たったの一度きり。
とあるきっかけで知り合い
ネットのない時代に
無謀にも、電話で少しお話しをした
だけなのに、土地勘のない地域まで
会いに行って飲んだ思い出があります。

なぜ、わざわざ、その人に会いに
行ったのかというと、
当時、社会人なりたてだった私は
これまで、ずっと思っていた
親元を離れて1人で独立して
過ごしていきたい、という
思いを実現して、社会に出て
自分というものを確立している頃でした。
何をするにも、自分の意思で
決めていける。
その生活は自由を手にした気分でした。
そんな自由な暮らしの中で
いつしか、ある思いが
自然と湧き上がってきていました。
女性の姿をしてみたいという気持ち。
メイクをしてみたら
女性の様になれるのだろうか?
ネットの無い情報も
今ほど自由に手に入らない時代に
なぜ、そのような思いが
私の中に湧いてきたのかは
今思い返しても、はっきりとしません。
自然な思い。それしか思いつかないです。

そんな感覚が生まれてから
実現したい思いがつのり
どうしたら、叶えられるのだろう?
と術もわからずに考えていました。

そんな折に知り合えた事から、
この人にお会いしたら、
私の気持ちを叶えてもらえるかも
知れないと期待が生まれ、
なんの躊躇もなく、
お会いする行動に至ったのです。

約束の居酒屋に到着して
飲んでお話をしました。
その方と、その方の女性のお友達、
そして私の3人でした。
昔過ぎて、よく覚えていない
のですけど、ニューハーフの
水商売の世界のお話を
色々とうかがったような
曖昧な記憶があります。
私は、お会いする前に
メイク教えてもらえたら良いな、
という思いで出かけて行ったものの
居酒屋でメイクをする事など
当然できないわけで。
今思えば、そんな事も分からずに
お会いすれば叶うかもなどと
とにかく会いに行ってしまった
無知な若者だったんです。
そして、メイク教えてもらえたら
良いな、という思いはあるものの、
お話の内容と、その方から
伝わってくるアンダーワールド
空気感に、一歩を踏み出すのが怖い
と感じてしまいました。
また、外観だけで言えば、失礼ながら、
男性がメイクをしていると
ハッキリ分かる感じだったので、
男性がメイクをすると、
結果はこうなるんだ、と思ってしまい、
人から私がそう見られるのは
嬉しくないなぁと考えてしまいました。

結局、仮にメイクを教えてもらえても
その方のような感じになるのは
私のしたいのとは違う。
そう感じてしまい、
終電があるので、と言って
帰宅してしまいました。

当時は、ネットもなく、
情報が限られていた時代。
そこまで行動しただけでも、
今思えば、かなり思いきった
行動だったのだと思います。
人生経験も浅く、もともと怖がりな
性格なので、そこまで行動したのは、
それだけ、思いがあったと言う事
なんだなぁと、思い返してみて、
そう感じます。

ただ、その時の記憶で
細かいことは忘れているのに
その日の居酒屋の出来事で
ハッキリ覚えていた事が
一つだけありました。
同席した女性から
「あなたは、背が低いし、女性顔だから
メイクしたら絶対に似合うと思うわ」
と言われたことです。
そう言われた私が感じたのは、
嬉しい、という気持ちでした。
その事は、今でも、鮮明に
記憶に残っています。

そして、2年前、
この歳で、やり残した事は何だろう
と考えた時に、その時の事が
自然と思い起こされたのです。

気がついてみれば、この数10年の間に
世の中は、ネット社会に変わっていました。
ネットを調べてみると
様々な情報が手に入りました。
かつてアンダーワールドだった世界は
今もマイノリティではあるものの
裏の世界というイメージは薄れ
少なくとも、情報に関していえば
かつてとは、雲泥の差で
様々な情報を見つけることが
できる様に変わっていました。
そう、今なら、昔叶わなかった
思いが叶う、とわかったのです。

そうして、わたしは、これまで
このブログに綴ってきたような
経験をする事になる
きっかけを得たのでした。

この2年間は、あっという間に
過ぎていきました。
とても充実した日々を
過ごしてきたと感じています。

そして、この間、わたしの心は、
徐々に、自分らしさというものを
手に入れる事ができるように
なって行ったのです。

はじめて女性の姿になる事が
出来た時は、本当に嬉しかった。

その後、ものすごいドキドキして
はじめての外出を経験しました。
ものすごく緊張をしたけど、
私の時間を生きている、
と強く感じられて幸せでした。
言葉で表現するのが
難しいのですが、
世界が変わって見えた
という印象を感じました。

はじめの頃は、自分でメイクする事が
出来なかったので、サロンに行っている
つかの間の時間だけ。
まるでシンデレラの様でした。

でも、いつの頃からか、つかの間
変身しているという感覚は、
段々と薄れていきました。
見かけが女性である状態だから、
切り替わる、というのと違う
感覚になっていったのです。

はじめの頃のブログで
私は、なぜ女性の姿になりたいのか?
と自問していました。
その時は、答えが分からない
と言っていたと思います。
自分は二重人格なのかな?
という問いをしてみたけど、
二重人格は、もう1人の人格の時、
もう1人を認識しませんから、
当てはまらない、と思いました。

どういう気持ちの時も
確かにそこに私は存在していました。
私という人格は1つ。
ただ、もともとステレオタイプ
表現される、所謂、男性的な感覚や
振る舞いというものには、幼い頃から
あまり馴染めない気持ちを
ずっと持ち続けていました。
そんな事もあって、
『女性として過ごしている時、
なんだか 自然に、しっくり来る』
と感じました。
これまで、無理をしてステレオタイプ
男性らしく振る舞う様にさせられて
生きてきた気がします。
2年の間に、
自分でメイクする様になり、
女性の声で話す様になり、
日々の生活のかなりの時間を
外観的に女性の姿で過ごすように
なってみて、
あー私は "男性らしく" という呪縛に
縛られて生きてきていたんだなぁ
とわかりました。

この歳になり、自分の人生なのだから
残りの時間を これからは自分らしく
生きていきたいなって思っています。

ただ、そうは思っても、
一方で、社会で生きていくためには
生活の糧を得なければいけないし
責任というものがあるのも現実です。

だから、自分に素直に生きるけれど、
生きるために必要な場面では
今は男性を演じて生きて
いかなければならない。
できることなら、全ての時間を
女性で生きていたいけれど。

性自認というものは実に多様で
くっきりと線引きする事は
できず、グラデーションが
あると言われています。
私も、その通りだと思っています。

私は、生まれ育った環境や
時代的な背景によって、
性別には二限的な男と女の
性自認しかないと思い込まされて
きたのだと感じています。

それなりの年月を生きてきて
様々な経験をしてきた事によって、
ようやく、この年齢になって
もっと自由に感じるままで良いのでは?
と自分を認められる様になりました。
私の根っこにあるのは、
女性的な心なのだと今は感じています。
だから、女性として振る舞える時間が
とても心地良いのだと思うのです。

性同一性障害GIDの方は、
幼い頃から苦しんで生きて
こられていると聞きます。
そういう意味では、私は苦しい幼少時代
を送ることはありませんでしたので
一般的なGIDには分類されないのでしょう。
ただ、ステレオタイプな男らしさを
求められて生きる事には、
いつも不快感を感じていました。
でも、不快だからといって
それを主張する事の出来ない
性格の持ち主という事もあり
生物学的な性が男性で生まれたのだから
そう振る舞わなければいけない、
そうしないとおかしいと言われる
と思って、その環境に合わせて
生きてきました。

もし、苦しんで抗って生きてきた
GIDの方が、このブログを読んで
いらしたら、もしかしたら、
不快に感じたり、
私の言っている事がおかしい、
理解できないとおっしゃる方も
中には、いるかもしれません。

ただ、私は、こう考えています。

そう、性には多様性がありますよね。
つまり、私のような、心のあり方も
一つのあり方だと思うのです。
典型的なGIDのパターン以外の
私のような、激しい抗いの気持ちを
持つ事が無かった、
あるいは持つことが出来ない性格だった
と言ってもいいかもしれません。
そういうタイプの性別違和という
形もあると思っています。

マジョリティによって作られた
考えやルールによって
苦しい思いをしてきた、という
その典型的な型に当てはまる場合だけが
性別違和の証なのだ
という限定的なものではなく、
性には多様性があるのだからこそ、
性別違和の形も一通りでは無い
と思うのです。
だから、仮に、理解できない、
あるいは違うと感じられたとしても、
多様性の一つとして
捉えてもらえたらいいな、
と思っています。
現に、男性として生きる事に
違和を感じている心が
私の中にはあるのですから。

こうやって、思いを書き綴ってきてみて
この2年間というのは、本当の自分の姿を
追求して生きてきた期間だったんだなぁ
と感じています。
今後をどのように生きていくか
色々考えや悩みも正直言ってあります。
でも、自分の人生です。
生きたいように明るく楽しく前向きに
進んでいく方がハッピーです。
悩みはあっても、それも含めて、
楽しみ、生き甲斐として
進んで行き、後悔なく生きていきたい。
今は、そんな風に考えています。

年齢的にも、色々ハンデはありますが
そこを乗り越えることも含め、
楽しんで行けたら素敵ですよね。
そう思います\(^o^)/

以上、取り留めもなく、まとまりも
ない感じになってしまいました。

結局のところ、この年齢になるまで、
本当の望んでいる自分というものが
わからずに生きてきて、
この2年間の生活を経験して、
ようやく、わかりました。
今後は、どうして行けば良いの?
とは思いつつも、
前を向いて進んで行くだけ、
と私の心はそう言っています。

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今日も 最後まで読んでいただき
ありがとうございました。

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